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ひろぽん小石川日乗

心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつくれば

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「ひろぽんの南イタリア旅行記」はこちら。

2010-08-23 (Mon)

[life][media] クラシックを聴きながら

さほどのクラシックファンというわけではないのだが、トッパンホールや文京シビックセンターなど近所のホールで廉価なコンサートがあれば、たまには聴きに行く。仕事中のBGMも最近はバッハが多い。FMラジオはクラシック番組が少ないので、もっぱらiTunesということになる。楽曲を購入することもあるが、財政危機のおり(笑)、最近は図書館からCDを借りてくることが多くなった。

「流山市立図書館、音楽配信サービス「ナクソス・ミュージック・ライブラリー」を導入」という記事を読んで面白いと思った。調べたら、千代田区立図書館でもすでに同様の試みを行っているという。図書館のIDがあれば、図書館のポータルサイトにログインして、そこからナクソス のクラシックを中心とした3万枚の音楽ライブラリにアクセス、無料で存分に、自宅や職場のPCで聴けるようになるというのだ。

ナクソスは通常は定額制のサービスなのだが、図書館と提携することで無料になる。つまり料金は千代田区の図書館予算が負担することになるのだろうが、千代田図書館は別に区内在住・在勤者でなくてもID(貸出券)を発行してくれる。こんな大判振る舞いがあっていいのものか。

千代田区立図書館の貸出カード

先週の土曜日、早速、九段下の超高層の区役所ビルの上階にある千代田図書館に出かけて、手続きをしてきた。なんともしょぼい貸出券ではあるのだが、まあそれはよしとして。

IDでパスワードを作ってログインまでほんの3分。膨大なリストのなかから選ぶのに困って、とりあえずベートーベンなんぞを聴いてみる。これはなかなかの音質。Flash で画面を生成し、音を再生している。これって今どきどうよ、とも思うが、やむを得ない。当然、Webブラウザを閉じてしまえば、音は消えるが、当方の場合、Mac起動中にSafariを閉じることはまずないので、これは問題にならない。

ナクソスのレーベルに限られるから、そんなに著名な演奏者はいないようだし、すべての楽曲がいい音質とは言えない。演奏がかなり古いものもある。だが、とりあえずBGM的に楽しむには十分なサービスだ。

ナクソスの画面

ただ、この図書館提携の方法では、iPhoneやiPadからの視聴はできない。ナクソスの定額会員になって、専用のアプリをダウンロードする必要があるようだ。

ナクソスは他の音楽ジャンルが少ないと嘆く向きもあるようだが、J-POPなんかを聴きたいのなら、CD屋さんかiTunesストアに行けばよい。ロックの名盤なら、ガツンと大人買いしなさい。ここはクラシック偏重ライブラリで大いに結構なのである。

他にも、「OTTAVA」など、デジタル放送やWeb、Podcastで聴くクラシック専門のステーションも登場してきている。

図書館だったら、茗荷谷にある小石川図書館が充実していることを今日、確認してきた。ここはCD以前のレコードや楽譜などの収蔵もなかなか。もはやアナログ・レコードを視聴する環境が私にはないが、CDだったら、ここで借りて、返すのは区内の図書館ならどこでもいいので、これも活用してみたい。


2010-01-07 (Thu)

[media] NHKの話

酔っぱらってしまって、誰とどこで話したのかわからなくなってしまったのだけれど、福山雅治主演の坂本龍馬の時代劇は、見る前に萎えるという話。いや、ちゃんと批評するためには見なければならんのだけれど、そもそもワシは坂本龍馬に感情移入できない。そもそも福山の芝居は素人に毛が生えた程度じゃん。さらに、NHKが年末、異常なまでの番宣体制を敷いていたので、よけいメゲたです。

日清戦争まではよかったけど、後がダメでしたみたいな、ご都合主義史観の司馬遼太郎ドラマも、もういい加減にしてもらいたい。

そうか、だからNHKの受信料払いたくないのよというバーのマダムとの会話だったか。でも、それとこれとは話が別でしょうと、まるでNHK受信料集金人のように、「NHKは市民が支えるメディアなのだ」などと説得バトルの私だったのだなと、いま思い出した。

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_ ga [坂本龍馬に感情移入できない人って、肩身狭いよね。 私は、司馬遼太郎が駄目で、当然龍馬も駄目です。 よかった、そう..]


2009-11-11 (Wed)

[media] 群集心理

昨夜は「メディアスクラム」とはこういうものかと、あらためて実感。

駅のホームでカメラを掲げて突進するフォワード。他社のタックルを果敢に引きはがす。怒号は警察官のものか。女性の悲鳴さえ聞こえる。何が彼らをそこまでさせるのか。浅野健一氏によればこういうのは「メディアフレンジー」と呼ぶのが正しいそうではあるが……。

一方、テレビ中継画面の後ろでVサインではしゃぐガキどもも、あれは宮崎勤事件のころからだろうか、常態化してきた。行徳署前なぞ、ジャージはおって、サンダルつっかけてきたような近所の連中がわらわらと。まあ、容疑者が新幹線と車で、どんどんこちらに向かっているのをテレビで全国中継されれば、「いっちょ見てくっか」「テレビにでも映ってくるか」ってことにもなるんだろうが……。

事件に熱狂する人々と、それを深夜のテレビで見ている私も含めて、群衆心理というものがある。羞恥という感覚が一瞬消えるとき。

[book] 数学者の伝記

Twitterでひょんなことから、数学者の伝記の面白さを教えてもらう。
  • ポール・ホフマン著『放浪の天才数学者エルデシュ』草思社
  • 山下純一著『グロタンディーク 数学を超えて』日本評論社
  • ロバート・カニーゲル著『無限の天才—夭逝の数学者・ラマヌジャン』工作舎
  • マーシャ・ガッセン著 『完全なる証明 100万ドルを拒否した天才数学者』文藝春秋(ペレルマンの伝記)
  • 簡単にさわりに触れるのなら、
  • 藤原正彦著『天才の栄光と挫折—数学者列伝』文春文庫
  • あたりだろうか。
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    _ 長官 [異説 数学者列伝 ちくま学芸文庫 がおすすめです。]

    _ 長官 [リーマン予想・天才たちの闘い http://www.nhk.or.jp/special/onair/091115.h..]

    _ ひろぽん [おお、ありがとうございます。]


    2009-10-10 (Sat)

    [media] Emmy the Great

    古い友人が、最近のアメリカのシンガーソングライターで面白い若手たちというので、 Joshua James Schuyler Fisk を紹介してくれた。

    後者は名女優、シシー・スペイセクの娘だというじゃないか。なんか「知人の娘さんが、今度歌手でデビューしましてね」というのに似た、妙な親近感を感じる。

    iTunesStore でサワリを聴いて、とりあえず Joshua James のアルバムを購入。なんだろう、いまどきの日本のフォークソング系ストリート・ミュージシャンとはかなり違う。「個」の音楽の粒子がそこに引き立っている感じ。

    アコースティック・ギター一本で社会に向かって何かを歌い、言い募るシンガーソングライターは、今も昔も貴重だ。

    そんなわけで、ジョシュア・ジェイムスのことをあれこれネットで調べている途中に、「Emmy the Great/エミー・ザ・グレート」という、英国発の若い女流シンガーソングライターにぶつかった。ともあれ、この ビデオを見てくんなまし。

    シンプルだけれど、インパクトがある。可愛いんだけれど、ちょっと女の子の底知れぬ怖さも秘めて、みたいな。

    うーん、こういうのには弱いんだ。昔から。いくつになっても。

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    _ ひろぽん [なんと Joshua James のコンサートが火曜日渋谷であり、ゲストが、Emmy the Great なんだって..]


    2009-04-10 (Fri)

    [media] 週刊新潮、大誤報

     

    朝日新聞阪神支局襲撃(87年5月)など一連の本社襲撃事件の実行犯を名乗る島村征憲氏(65)の手記を週刊新潮が連載した問題で、同誌編集部は7日、島村氏本人が手記を否定するかのような趣旨の発言をしている、との書面を朝日新聞などの報道機関に送付した。同誌編集部は、今月16日に発売する23日号誌面で、手記の掲載に至った経緯を説明するとしている。

    [From asahi.com(朝日新聞社):自称襲撃犯が手記否定発言か 新潮社、朝日新聞社に書面 - 社会]

     

    朝日新聞襲撃事件の真相問題は、いよいよ週刊新潮の大誤報の色が濃厚になってきた。「やっちまったな」という感じ。同誌の早川編集長とは、「新潮45」の編集長時代に一度お会いしたことがある。スマートなキレモノの印象はあったし、週刊に移ってから部数を伸ばしたと聞いてはいるが、しょせんは「売らんかな」のスキャンダリズムの人だったということだろう。

    惜しむらくは、この誤報をきっかけに早々と他の部署へ飛ばされてしまったことだ。肝腎なところで「逃げた」という印象は免れない。というか、新潮社がエリート編集長に傷がつかないよう「逃がした」か。

    週刊新潮の誤報、歪曲報道は今に始まったことではないが、この手の虚言癖のネタモトに、今回はいとも簡単にダマされてしまったということだろう。虚言だとわかっていてストーリーを捏造したとすれば、事がジャーナリズム襲撃の問題だけに、影響は深刻だ。言論機関の暴力的圧殺という大事件を、イエロー・ジャーナリズムが弄び、適正な捜査を混乱させ、結局は自分のクビを締める格好になるのだから。

    ただ世間的にみれば、こうした騒動も「いつもの週刊誌だからね」で終わってしまう。誰もが週刊誌の報道など端から信じてはいない。そもそも週刊誌など、もう誰も読まない。そういうしみったれた虚業に、東大出だの、早稲田出だののエリートが身を染めて、いい気になっている時代は、もう終わってしまったという感もする。 むろん、スキャンダリズムがパワーをもっていた時代があると私も思うのだが、それが体制に媚びた瞬間に、そのパワーは消滅するのだ。

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    _ Y氏 [週刊誌だけじゃなくって新聞だって嘘ばっかり書いているし、TVのニュースはバラエティだからなぁ(笑)まあ、これまでのジ..]


    2008-09-04 (Thu)

    [media] 疲労感じる原因たんぱく質を発見

     疲れを感じる原因となるたんぱく質を、東京慈恵会医科大がマウスを使った研究で突き止めた。このたんぱく質は、徹夜や運動の直後に心臓や肝臓、脳などで急激に増え、休むと減る。元気なマウスに注射すると、急に疲れた。疲労の謎を解く鍵として、科学的な疲労回復法の開発につながりそうだ。沖縄県名護市で開かれている国際疲労学会で4日、発表する。
    asahi.com(朝日新聞社):疲労感じる原因たんぱく質を発見 慈恵医大教授ら - サイエンス

    乳酸は疲労とは関係ないみたいね。

    Blogged with Flock

    [IT] Flock を使ってみた

    Flockを使うと、Webの記事を引用してのブログへの投稿が楽になるかも。Social Web Browser と謳っているだけあって、flickr や各種blogとの連携機能が充実している。Firefoxでは ScribeFire というアドオンを使っているが、それよりもスマートな感じ。 Safari だとあんまりいい方法がないんだなあ。

    Blogged with Flock


    2008-08-11 (Mon)

    [media] 北京五輪開会式

    会場のどこかでテロでも起きないかと思って、つい最後まで観てしまった(笑)。

    太鼓でも舞踊でも、一糸乱れぬ中国人民。さすが、マスゲームとなると強いですな。石原慎太郎も感激したらしいが、たしかにこうした全体主義的な美しさへの願望は、中国指導部にも石原にも共通した心性なのかもしれない。

    というか、これは一つのスペクタクル映画と捉えるべきなんだろう。あの絵巻物がスクリーンのようになって映像を映し出すのはどういう仕組みになっているんだろう。

    それにしても、中国4000年の歴史を孔子から始めることに、少々驚いた。孔子っていまの中国でそんなに再評価されているんだろうか。シーンが現代に移るとき、その起点となった中国革命に触れていないのも、奇妙だ。

    同じように疑問を感じた朝日新聞のコラムニスト・若宮啓文が、中国中央テレビのメインキャスターに尋ねたそうだ。「“革命"はどこに消えたのか」と。返ってきた答えが、「えーっ、そんなこと考えてもみなかった」。そして「華やかなパーティーに革命服は似合わないでしょ」とも。(朝日新聞8月11日付コラム「看看北京」)

    革命は遠きにありて思うもの、なんだねえ。

    開会式評では、英フィナンシャルタイムズの翻訳が面白かった。英国流の皮肉とユーモアが効いている。

    そうそう、俺も心配していたのだよ。延々と踊り続けるミニスカのチアガールたち。チャン・イーモウのスペクタクルに比べると、彼女たちの踊りは、あまりにもチープに見えたけれど。


    2008-07-23 (Wed)

    [media] テレビの危機?

    “午後4時”のテレビ産業〜落日の危機は近づいている - ビジネススタイル - nikkei BPnet
    テレビ業界各社の収益が悪化している。2008年3月期決算では、大手キー局の経常利益が、軒並み減益となった。業界最大手のフジテレビの経常利益は前年度の460億円から270億円へと約40%も減った。業績悪化の直接的原因は、広告収入の減少である。電通の推計によれば、テレビ広告費の総額は、2005年以降減少傾向が続いている。

    というが、その下につけられたテレビ広告費推移の棒グラフは、年間2兆円ラインを微減しつつ動いている。ネット広告費の伸びはめざましいというものの、テレビ広告費の減少幅は微量。どこが危機だというのか。
    記事に添えられた「テレビ視聴時間の推移」というグラフをみてさらに驚く。平日の視聴時間は2002年をピークに減少傾向だが、1980年代に比べると数倍の伸び。日曜も同様に、1988年あたりの倍近くある。グラフを読むスパンを長目に取れば、日本人は昔に比べて確実によくテレビを観るようになっているのだ。
    大宅壮一がテレビによる「一億総白痴化」を言ったのは1957年。けだし卓見ではあったとしても、そのころから比べようがないほど、日本人はテレビが垂れ流す大量の映像に日々脳を侵蝕されているということだろう。
    誰がこんなにテレビを観ているのか。記者は「高齢者のテレビ視聴時間が増加し、若年層の視聴時間が減少している」ことを憂えている。若者が観なければ広告効果はないからだ。
    しかし、若者がテレビばかり観ている国というのも、考えてみれば、つまらない。そもそもいまのテレビ(NHKを除く)には、若者の柔軟の脳を鍛えるような歯ごたえのあるものがない。時間を持てあました若者が、暇つぶしにスイッチを入れて、ヒヒヒと笑い転げるだけの番組。社会文化の将来を考えれば、若者のテレビ離れはむしろ健全と考えるべきだろう。ただ、テレビが減って、その分、ネットやケータイに向かうのであるとすれば、同じ穴のムジナなんだけどねえ。
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    _ Y氏 [広告と言っても、殆どがパチンコと保険会社だからなぁ(ちょっと前まではサラ金)この二つを無くせば一兆円位減るんじゃない..]


    2008-01-16 (Wed)

    [life] 火曜日

    天気はいいのだが、寒い。朝から2本の取材と夕方から1本の対談進行。都内を転々と移動するうちに万歩計は1万を超える。途中、ここ数日電話やメールできなかった人たちに連絡。“甥”のT君とも電話で話す。

    旧友Yから淺草で飲み会のお知らせ。一緒に来るのは20年も前の知人だというのだが、かすかな記憶しかないんだよねぇ。まあ、新しい出会いということで。もう一つ、2月早々にも新年会あり。

    ただいろいろ懸案事項があって、気分晴れず。

    マレーシア旅行を少し考える。

    [media] 青木冨貴子

    そうか、青木冨貴子さんは青木書店の創業者の娘だったのか。


    2007-08-05 (Sun)

    [media] 安倍さん、辞めないで

    参院選の敗北にもかかわらず、首相を辞めない安倍をメディアは非難している。桝添をはじめ、自民党内からもあからさまな批判が出る始末。自民に対する風当たりがいかほどのものか、その「空気が読めない」のは、首相の資質にかけるというわけだ。

    しかし、私は「安倍は辞めるべきではない」と考える。

    その理由。自民党や公明党の内部から選挙に負けた責任を問う声が挙がるのは当然のことだが、私は自民党員でも公明党員でも、ましてやその支持者でもないので、そのような意味で彼の「責任を問う」つもりはない。先の選挙でも、自民党は負けるべしと考え、そのように選挙行動を取ったので、ざまあみやがれという気持ちはあるものの、むしろ安倍の続投は大歓迎だ。

    安倍がいたから自民が負けたのであれば、さらにその敗北を党の崩壊へと導くためには、安倍にはなんとしてでも続投してもらわなければ困る。ダメ自民の象徴として、安倍は「余人をもって替えがたい」必要不可欠な人材だ。

    いま「安倍ヤメロー」と騒いでいる人の多くは、程度の差はあれ、本音のところでは自民党を支持する、あるいは支持したい人々なのではないのか。

    いや、そうではない、参院選の結果は、政策転換を求める反自民党・反安倍政権の声である、その高まりを受け止め、安倍は退陣すべきと人々は言っているのだ、という主張もある。しかし、もしそうなのであれば、国民は安倍に退陣を要求するのではなく、まずは政策の転換を要求すべきなのである。それが安倍にできないのであれば、現状では自民党の次の人事に期待するしかないが、「辞めろ」というのは、安倍の政策を転換できるような人事が今の自民党(ないしは自公連合)に可能なのかどうか検証してからでも決して遅くはない。

    だが、結論からいえば、そのようなことが現在の自民党に可能だとは思われない。安倍の「次」は、党内の権力闘争の結果で決まるのであって、けっして政策の転換として現れるのではない。つまり、自民党政権である限り、安倍の「次」の「よりましな政権」を期待しても無駄なのだ。こんなことは30年前からわかりきったことである。

    そもそも、今回の選挙結果が自民の政策への批判であったという推論じたいアヤシイものだ。今回の選挙ではどのような政策論争があったのか。たとえば、安倍政権のもっとも重要な政策である憲法改正問題はどのように議論されたのか。何もないではないか。憲法は争点から外され、護憲政党は票を伸ばすことができなかった。

    2年前、小泉自民に大勝をもたらした国民が、その記憶もさめやらぬ今、基本的に小泉の新自由主義的な政策を踏襲する安倍政権を急激に批判するようになったなどというのは、論理的にありえない。小泉を勝たせた情緒的な「空気」が、今回は安倍に真逆に働いただけなのである。「空気」は重要だが、空気である限りは風向きでどのようにも変わる。それを知っているから、安倍は辞めないのだ。彼なりに、空気は読んでいるつもりなのだ。

    むろん、首相の政治権力はこの日本でもけっして小さなものではないから、安倍個人の政治イデオロギーとその政治的野望をいますぐ阻止したいと考えている人々が、安倍の即刻の退陣を望む理由もわからないではない。しかし、安倍がいなくなっても、今の自民党からは安倍のような男はどこからでも現れるのである。繰り返すが、けっして安倍の「次」に幻想を抱いてはいけない。ついでにいえば、自民の「次」の民主党にさえ期待を抱いてはいけないのだ。

    安倍的なるものを完全に抹殺するためにも、そのターゲットとして、安倍個人が居残ってもらったほうが、わたし的には都合がよい。安倍が政権に汲々となればなるほど、自民党の腐敗と政策の間違いが浮き彫りになるような、そういうプロセスを推し進めることがとりあえずは重要である。


    2007-07-23 (Mon)

    [life] 近況

    ひと月近く日記を更新していないと、何かあったかと思われるので、近況まで。

    名古屋本の企画がスタートして、中部地区の企業取材が目白押し。全部自分一人でやるつもりはないんだけれど、スケジュールの空いているままに日程を入れていったら、週に3回出張なんて事態に。この前なんて、帰りの新幹線で固まったまま寝てたものなあ。老体には堪えるわ。

    当然、原稿の締切は山積し、ちょいヤバ。

    こういうモウロウとした時節は、何か買い物をしてしまうというのが私のサガで、切羽詰まった必要もないのに、Windowsノートを新調。一種のストレス買い。

    直前まではこれまでと同じ、Let's note を考えていたのだが、新宿ヨドの店頭で気が変わって、超薄型の dynabook に。芝のエレクトロニクス製品って、これまでビデオやDVDは使ったことはあるが、PCは初めて。

    薄くて軽くて、バッテリーの持ちがいいのはいいんだが、やっぱこれ、Windows で動いているんだわ(笑)。しかもVistaだし。おせっかいでうざったくて、何をどうすればいいのか路頭に迷う窓の性質は変わらんね。

    ともあれ、そこをなんとかゴシゴシして、だんだん使えるようにはなってきた。一緒に新規契約したeモバイルは名阪、京都の新幹線駅ではそこそこ使える。トップスピードに乗るまでは、動いている車中でも電波を拾っていた。で、さっそくWILLCOMEを解約。

    ともあれ、7月一杯は忙しいまんまだな。8月になったら、どうかなあ。スペイン語と英語の勉強も途絶えがち。

    [media] 全共闘

    NHKハイビジョン特集「戸井十月インタビュードキュメント 全共闘それぞれの“決着”」が面白かった。日大・東大闘争まっさかりのころ、私は田舎の中学生という世代だが、その後、大学生になってから、全共闘の生き残り──良質な部分も悪質な部分も含めて──とは何人にも出会うことになる。

    戸井十月がここで言うように、全共闘は一つの世代ムーブメントではあったが、それにもかかわらず、彼らのなかには、一つの世代としてくくられることを拒否するそれぞれの物語があることは自明の理だ。

    言うまでもないことだが、そのときの「青春」も、その後の「ポスト青春」も、きわめて固有のものだったのだ。

    それぞれの小さな物語を、かつては武蔵美全共闘の一員だった戸井が丹念なインタビューで引き出している。いま彼らの職業はと問えば、酪農家、弁護士、ノンフィクション作家、思想家、会社経営とさまざまだが、形は違えど、世の中と自分という関係軸において筋を通してきた様子がわかる。むろん、そのようには筋を通せなかった人々のほうが大半であることも、また事実であるのだが……。

    最後の「あなたの青春はいつ終わったか」という質問は、ま、愚問といえば愚問だろう。たんなる青春回顧に終わらせず、全共闘の問題提起を、いまアクチュアルな視点から、振り返るという意図がもう少し欲しかった。

    インタビュー対象者の中に、一人女性で、元東大生、いまはデザイン事務所を経営しているという人がいた。ある種の挫折感を抱えたままその後の人生を生きながら、彼女のなかの闘争の倫理性は揺るぐことはなかった。そのようにしても、いやそのようであればこそ、人は、美しく歳を重ねることができるのだ。


    2006-03-09 (Thu)

    [media] 元記者問題

    与党「永田氏にメールを仲介した元記者の参考人招致を要求」にも反対だけど、民主党「問題のメールを持ち込んだ元記者とされる仲介者について法的措置を検討する」は、完璧なアホだね。こんなことが通ったら、誰も議員にタレこんだりしなくなるよ。アホの永田が全部かぶって議員辞めればいいだけの話じゃん。それでケリつけて、早く国会を軌道修正してくれよ。


    2005-12-19 (Mon)

    [football] トヨタカップ2

    14日の、強烈な寒さの国立競技場で懲りたので、18日の横浜国際=日産スタジアムでの3決、決勝戦には、先日を上回る寒波から身を守るための、かなりな重装備で出立。ズボン下というほどではないけれど、長めのパンツをジーンズの下に仕込み、毛糸の帽子をかぶり、腹と背にはカイロまで仕込んだのに、でも、足下が寒いよ。これって、もしかして新陳代謝の衰え=老化だろうか。ブルッ。

    決勝戦。試合は最小得点差のまま推移し、勝利のための駆け引きが面白かった。シュートがバーに当たったり、再三にわたってオフサイドを取られたりと、リバプールにアンラッキーが続いたけれど、むろん場所を欧州に移してもう1回やれば勝てる相手だったとは思う。しかしながら、地の利や運を活かせるかどうかは、競技スポーツでは大事なことだからなあ。

    それにしても、14日の国立といい、今日といい、周囲に「解説屋」のファンがいて、興を削ぐ。いや、かなり的確で辛辣なコメントだったりするんだけれど、解説を聞きに来たんじゃないのでねえ。サッカーとか野球って、これだけポピュラーだからこそ、観戦者が容易に評論家になりうるスポーツだと思う。むろん、観戦者と評論家と、さらには実戦家とでは、求められる責任に雲泥の差があるのだけれども。

    そこまで言うなら「それならキミが日本代表監督」やってみなって。

    [media] 浅田真央

    ちょっと前まで、安藤美姫を持ち上げていたはずのメディアがここ数日は浅田真央一色。天才なの、このコ? 年齢制限でトリノ五輪の出場は無理だとわかっているのに、その報じ方がなんとも未練たらしい。特例措置を求める電子メール400通がバックになっているのだろう。「何がなんでも真央をトリノで見たいー!」とわがまま放題のロリコン男もいるしなあ。

    今日の夕刊フジは、「規則は規則だ」と特例を認めない方針を語った国際スケート連盟会長を「かたくなだ」と批判。実は浅田真央のライバル視されるイタリアのアイドル選手というのがいて、真央を出場させることで、そのイタリア選手に「プレッシャーをかけるわけにはいかない」からなどと、「かたくなさ」の背景まで詮索している。

    でも、これって詮索しすぎ。たんに一人のためにルールをいま変えるわけにはいかない、ということなんじゃないの。出場資格という基本のところでルールを崩しちゃったら、競技がただの興行になっちゃうでしょうが。

    それに、いかに技術的に天才でも15歳じゃなあ。やっぱその〜、フィギュアスケートって、ある程度成熟した女性の肉体の優美さってのも大事なポイントだと思うんだけど──というのはただの私見ですが。

    いや、そもそも五輪なんて興行に過ぎないのだから、こういうのがあってもいいのか。そのときどきで話題づくりができて、テレビの視聴率が上がって、広告効果がアップすれば、15歳だろうが、ペチャ××だろうが、なんでも特例で通しちゃばいいのか、という考え方もあり。

    ま、この件はどっちでもいいです。


    2005-08-23 (Tue)

    [media] 小泉劇場の女優たち

    猪口邦子が横田喜三郎の孫であることも、片山さつきが桝添要一の元妻であることも、藤野真紀子の家庭が崩壊しかけていたことも、み〜んな2ちゃんねるで知った。そういう方面のテレビとか新聞見てない、世間知らずのボク。ま、どーでもいいけど。

    本日のツッコミ(全3件) [ツッコミを入れる]

    _ kojikoji [私も負けない世間知らず。芸能方面は、まずダメです。若いタレントや女優など、みんな同じ顔に見えます。ま、ど〜でもいいけ..]

    _ kojikoji [民主党の岡田さんを見るたびに、です。 これ、確認画面がないんですね。]

    _ ひろぽん [げー、昔は管直人に、ちょい似と言われたぞ。顔が民主党なのか>ワシ]


    2005-08-17 (Wed)

    [life] 伊豆大島

    13〜15日は、一文の大将一家と常連さん総勢12人で、伊豆大島へ2泊3日の旅。竹芝桟橋からジェットホイルで2時間弱。
    海水浴、浜辺でのバーベキュー、リス園・三原山観光、花火大会、温泉、そしてイサキ釣りと存分に夏を楽しむ。ワシは海には入らなかったが、浜辺で寝そべっている間に手足と顔が真っ赤に日焼け。日焼け後用のジェルで処置してしてもらったおかげで、いまは痛いというほどではないが……。

    大島はあまり景気よくなさそうな、オールドファッションな観光地。岡田港の大きな土産物屋は、立地的には最高と思えるのに、崩れそうな看板をつけたままに閉店している。三原山登山口にある休憩所は、500人はゆうに入れそうなほどムダに広い。土産物も、いまどき大島紬や椿油もないものだ。三原山登山口
    ただ、赤茶けた火山島とばかり思っていたのに、案外、島内に緑が多いのは驚いた。幹線道路から奥まったところに防風林に囲まれて民家が点在している。車で島をぐるぐる巡るのではなく、そういう民家をふらりと訪ねて、もしかしたら、くさやを干したりしている軒下で、島暮らしの一端を聞くというのも、たぶん面白いのだろう。
    そのいっぽうで、まだそこそこきれいな海があり、活動を止めない火山あり、ダイビングスポットあり、というのは、もう少し考えてリゾート開発したら、もしかしたら東京に最も近い擬似ハワイになれるかもしれないなどとも思う。しかし、噴火と地震のイメージで長期的な観光投資は難しいのかもしれない。いや、いまどきは擬似ハワイに行くよりは、本物のハワイにみんな行っちゃうのであろうな。

    それでもスキューバ・ダイビング客でこの時期はそれなりに賑わってはいた。われわれが泊まった民宿ホテルも、もとは専修大の合宿所だったのを業者が譲り受けたもの。われわれ以外はダイビング客だったみたい。眠れないほどでかい音を立てるクーラー、お湯のでないシャワー、ロビーに寝ている犬、声のでかい酔っぱらいの主人、高い宿泊料金……なんか全体にコストパフォーマンスの悪い大ざっぱな宿だったが、まあ、これもまた夏の思い出。イサキ大漁、岡田港にて
    ちなみに、三原山は割れ目噴火口跡を覗いた後は、登山口までで、実際には登らなかった。いまなお戦後史上の謎の一つとされる1952年の「もくせい号」墜落事件のこと話しても、誰も知らなかった。
    釣り船を借りてのイサキ釣りは、入れ食い状態。昨年の西伊豆ではみんな“人間こませ”状態になってグロッキーだったが、今年はそんなことはなかった。帰京後、そのイサキをさばいてもらって、一文の座敷で大宴会の夕べなり。

    [media] きょうの新聞から

    ──構造改革が必要なことは皆知っている。だが、効率性・合理性だけが絶対的な価値ではない。社会的弱者への配慮、低迷する地方の再活性化などへの目配りは果たして十分だろうか。「切り捨てられる」側にも社会の大切な価値はある。(天児慧・早稲田大教授「総選挙、アジア外交も語れ」朝日新聞2005.8.17 11面)

    ──敗戦を境に、民主主義と反戦に日本人は燃えた。だが、「60年安保」の直後に政府が出した所得倍増政策は、国民から政治的関心を取り去ることにほぼ成功した。「当事者ではない市民が広範に立ち上がる」状況を見る機会は、ほとんどなくなってしまった。近年は市場主義的な自由化で、個人はさらに帰属性や関係性を断たれた。いまや「個人が個人として最も輝くのは消費の場」という状態だ。(ノーマ・フィールド・シカゴ大教授「キーワードで考える戦後60年「アイデンティティー」同11面)

    ──少なくとも国というものは感情論で動いてはいけない。本当は腰が据わっていないのに、感情に流されている途中で何かに火がついて事態が動き出したら最悪だ。(福井晴敏・作家 同上)

    ──辞世の歌の「国の為重きつとめを果し得で 矢弾尽き果て散るぞ悲しき」も、「散るぞ口惜し」と変更されていた。「悲しい、などというのは、当時はタブーだったからでしょう。あの戦争は軍人のそんな美学に殉じた戦争だった気がする。現実を見ずに、一兵たりとも上陸させずとか言葉だけが優先していた。栗林さんの最期は、そんな大本営への抗議にみえた」(梯久美子・ノンフィクションライター『散るぞ悲しき 硫黄島総司令官・栗林忠道』に触れて 同22面)

    本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]

    _ 小石川ぢ [紫外線火傷の具合はいかがでしょうか?お見舞い申し上げます。あまりにもショボイ宿でしたが、きれいな海と高速ジェット船美..]


    2005-08-04 (Thu)

    [life] 睡眠破壊

    昼過ぎ、取材でJR「国立」に行くつもりが電車内で寝過ごし、目覚めたら八王子。カメラとの待ち合わせまで時間があったので、安心して4駅戻ったのだが、「国立」とばかり思いこんでいたのが、実は「国分寺」での待ちあわせだった。私の電子手帳には「国立」とメモしてある。だが、こちらからカメラマンに送ったメールにはしっかり「国分寺南口」とも。再び電車に乗って、2駅戻る。

    奇しくも取材テーマは睡眠の科学。偉い先生曰く「あなたは睡眠破壊状態」。帰りもJRだったが、四谷で降りるべきところが今度は御茶ノ水まで寝過ごした。夏の日の午後はレム睡眠。

    [media] ネット言論のファシズム的心性

    少し前の朝日新聞に作家の渡辺淳一が、靖国問題にからめ戦時中の記憶について文章を寄稿していた。北海道の炭坑町の子供時代の記憶として、
    例えば、伯父がいた三井砂川の家の裏の川沿いには、強制連行されてきた朝鮮人が寝泊まりする飯場があり、そこでは毎夜、朝鮮人がむちで打たれていると聞いていた。伯父には、絶対に行ってはいけない、と言われていたが、ある夕方、友達二人と崖を下りて近づくと、異様なうめき声がし、草むらに隠れて見ると、ほとんど全裸の朝鮮人が「アイゴー、アイゴー」と謝っているのに、さらに殴られていた。
     という自分が見たエピソードを語り、日本のアジア侵略に対する謝罪の必要性を語る論拠の一つとしている。

     愛欲のベストセラー作家にもそういう少年時代があったことに、やや驚いたものだが、他の週刊誌にも最近同様なことを書いているらしい。日中・日韓のナショナリズム論争が喧しい折、その論旨はややナイーブな感がしなくもないが、植民地支配とアジア労働力の強制移入の実態をその目で見たものとして、いま語っておかなければという思いを強くしたのかもしれない。

     ところがこの文章、ネットの右翼サイトや嫌韓・嫌中サイトでははなはだ評判が悪い。
     まあ、大東亜戦争は正義の闘い、アジアの人はみな喜んだ、朝鮮人強制連行はなかった、大虐殺もなかったというSFワールドに自己完結する人々は、「朝鮮人労働者がむち打たれて泣いていた」事実など、見たくない、知りたくない最たるものの一つなのだ。
     そうした右翼言論のなかでも、最悪のものは次の文章だ。この匿名の投稿者は、「ショックやったやろねー、小学校5年生でそんなもん聞かされたり、見た日には」と渡辺を揶揄しつつ、こう反論するのである。
    そやけど、ほんまに強制連行(即ち、徴用令と言う法律に従わなかった故に官憲に逮捕)されて連れてこられてたんですか、その朝鮮人たちは?その証拠は?
    何で殴られてたんやろ?殴ってた日本人は単純にサディストやったんやろか?
    戦争中のことや、作業場にはきついノルマがあったんやろ、ノルマ達成が戦争の勝敗にかかわっているんやと現場監督は上司に怒鳴られてたんちゃうやろか?
    戦争の後方支援の末端でも、それなりに頑張っていたんとちゃうやろか?
    作業成績がはかばかしくないから責任感の強い日本人監督は頭にきて、或は見せしめで殴ってたんちゃうやろか?
    朝鮮人は仕事サボってたんとちゃうやろか?盗みを働いたんとちゃうやろか?脱走を企てたんちゃうやろか?或は過酷な使役に反抗して不当にも殴られていたんやろか?
    いろいろと考えが及びまへんか。渡辺さん。当時は無理としても、長じてからは。
     もとより歴史への想像力は人の自由であるが、その想像があまりも、日本国中心史観で歪曲されている。日本人現場監督の心の内を覗く余裕はあっても、ムチ打たれる朝鮮人工の絶望と痛みには、この投稿者はほとんどなんの想像力も働かすことができない。そのことの異常性に気づくことができない。
     もしもそこでムチ打たれていたのが、朝鮮人ではなく、年端もいかない日本人の少年工であったり、あるいはシベリアに抑留され森林伐採の苦役を強いられる抑留日本人兵だったとすれば、おそらくこの投稿のトーンは180度反転するのであろうが……。

     つまり、この投稿者は渡辺が見たものを、植民地支配者・戦争遂行者になりかわって解釈しなおし、渡辺の意識に刻み込まれた戦争に対する忌避感・罪悪感、あるいは自民族中心主義への懐疑を、「ふやけた、幼い、それこそ「感情論」」として切って捨てるのである。
     ネット右翼たちは声高に扇動する。中国・韓国との靖国や領土問題をめぐるナショナリズムの闘いにおいては、こうした渡辺のような「ふやけた、幼い感情論」は百害あって一利なし。一億総出で朝鮮人や中国人のウソを見抜き、次の戦争に備えなければならないのだと。

     国家と自民族が生き延びるためには他の民族などどうなってもよしとする「国粋的冷感症」ともいうべき心性は、ネット言論のあちこちにはびこっている。人々にそのようなニヒリズムをもたらす扶桑社版歴史教科書など、いまさら導入しなくてもこうなのだ。ましてや扶桑社版教科書で教育された日には、ムチ打たれる朝鮮人労働者に同情的な回答などしようものなら、教室では評価的にマイナスとされるのである。
     支配される側への憐憫を、言葉を弄し、歴史的事実を恣意的・主観的に歪めてまで断固として拒絶する心理。もはや、ファシズム的心性と断じるほかはない。

    2005-07-24 (Sun)

    [media] いやあなニュース

    「ロンドンで射殺の男性、テロと無関係」……地下鉄で出勤していると、隣の人がスイッチを押してドカンというのも困るが、遅刻しそうなんで車両に飛び込んだら、警官がついてきていきなりピストル5発というのもいやだなあ>ロンドン。

    「沖縄守備隊長遺族、大江氏・岩波を提訴へ 「自決強制」記述誤り、名誉棄損」……だからあ、守備隊長は沖縄住民をどう守ろうとしたのかってことが問題なんであって。ま、万に一つ名誉棄損裁判で彼らに責任なしとされたとして、誰に責任があるわけ? 勝手に自決した住民が悪いのケ。 誰かが書いてたけれど、たとえば東京裁判の見直しはいいとして、それ本気でやっちゃうと、東京裁判ではいわば暗黙の免罪があった、あの「お方」の責任に触れないわけにはいかなくなっちゃうって。ヤブヘビよ。


    2005-06-20 (Mon)

    [football] コンフェデ2

    前言撤回(^.^;。対ギリシャ戦面白かった。良くも悪くも、あれがジーコジャパンの完成形なんじゃないかと思った。中盤は厚く軽やかで、でも点がなかなか取れないところも含めてだけど(笑)。

    で、後から再放送観たんだけれど、メキシコってば、ブラジルに勝っちゃったのね。3回チャンスのPKを外して、でも決勝点を決めたボルヘッティ。演歌のマイクを握らせると似合うようなお兄ちゃん、どっかで見たよなと思ったら、2002W杯にも出ているベテランだった。新潟で見たな、たしか。それにしてもメヒコ、いいチームだわ。

    ともあれ、これでブラジルとガチで勝負するしかなくなった、日本。もう決勝Tは無理だから、せめて4─2ぐらいの派手な試合で、散ってほしい。

    [media] メディアのイデオロギー的搾術

    産経新聞の記事「吉田満著書 乗組員救助の記述 戦艦大和の最期 残虐さ独り歩き」が面白い。

    記事は歴史的事実の検証というスタイルを取っているが、吉田満が採用した証言Aと産経が取材した証言Bのどちらが真実に近いかは後生の読者には判断することが難しい。ただこうした反証を提出することで、日本軍人の戦闘中の行動の残虐性を薄める効果は発揮する。少なくとも「朝日はいつもいい加減な記事を書くなあ」という心証形成には効果的だ。

    しかし、片道の燃料しかもたせずに海上特攻隊として出撃を命じた戦略自体の残虐性は、どうなるのか。そこは不問にしちゃうのか。

    同じ記事が「残虐性を強調するような信憑性のない話が史実として独り歩きするケース」として引く、「沖縄集団自決は軍命ではなかった」という最近の調査なるものも、では沖縄守備隊は住民の保護を第一義としたのかと反論されれば、どう答えるのだろうか。そもそも軍命もなく住民が自決を選ばざるを得なかったとすれば、そのほうがより悲劇的ではないのか。

    ちなみにこの「軍命なき集団自決」論は、産経-扶桑社-自由主義史観系の一部の研究者の指摘であって、沖縄戦研究者のけっして多数意見ではない(この記事参照)。

    より大なるAという仮説を、部分的・矮小的に反証することで、Aそのものをなかったことにする、少なくともAによって与えられた心証を反転させようとするのは、ディベート技術の一種で裁判などでもよく用いられる論法だが、ときにはそこにイデオロギー的搾術が紛れ込むことがある。産経は(朝日もときおり)これが上手だ。

    まあ、「逐一朝日の記事に批判を加えて、売上を伸ばせ」というのは産経の社としての方針でもあるようなので、この記事については、社益が随所に見え隠れしているなあと読めれば、それだけのことにすぎないのだが……。

    [cynicism] ベナン

    今日はほんとにヒマなのか>自問。

    それはともあれ、ワールドユースで日本とあたったベナン共和国。アフリカにこんな国あったっけと、無知を承知の失礼な感想をもったが、よく聞けば旧ダオメーという「奴隷海岸」の国。ワシラの小学生の頃の世界地図では「ダホメー」と記載されていたような気がする。

    17世紀このあたりにあった黒人王国は奴隷貿易によって栄えていた。つまり、域内の異部族を奴隷狩りして、西洋人の奴隷商に売りさばいて利益をあげていたのだ。奴隷貿易そのものは西洋人によってもたらされたものだろうが、それを補完するシステムが奴隷供給地の側にもあったという事実は、歴史の複雑な相を理解するうえで重要なポイントかもしれない。

    ナチスのユダヤ人強制収容所送りを下請けとして支えたユダヤ人組織、日帝の朝鮮統治を物理的・精神的に手助けした「親日」知識人など、歴史は同じことを何度も繰り返す。弱いものがさらに弱いものを収奪する構造は、いまの日本にもたくさんあるじゃないか。


    2005-01-27 (Thu)

    [life] 机上整理

    1.5平米の書斎デスク空間だが、Mac用モニターを2台にノートPC、ファイル整理箱とか筆立てとか小物入れとか、ついでに猫の食玩とか、を並べたら、あっという間にスペースがなくなってしまった。オレには何もないスペースというものに対する恐怖症があるのかもしれない。スペースを埋めないと安心ができない。だからモノがどんどん増え、整理ができなくなる。そうだ、これは一種の病気なのだ。たんに怠惰なだけではないのだ。と、思ったら気が楽になった。

    [media] mixi方面

    mixi方面。うわ、ダ・ヴィンチ同窓会がいつのまに31人も。あんな人もこんな人も。Mac系別働隊も始動したもよう。人の日記を読んでいるだけで日が暮れます。

    本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]

    _ yu [あたくしは「平らなところ恐怖症」と昔から呼ばれておりますです。]


    2005-01-20 (Thu)

    [life] 上野界隈

    昨日(19日)は早朝に起きて原稿や企画書書き。昼過ぎから取材で成田空港へ。小石川から京成上野駅に向かうのにタクシーを使ったが、行き先を問われて思わず「京成成田へ」。運転手が驚いて確認してきた。成田までタクシー飛ばしてたら、原稿料飛んじゃうわい。ボケはもう一つあって、財布を家に置いてきたことに車中で気づく。戻ってもらって再び上野に向かったが、うーん、どうかしている。

    夕方スカイライナーで上野に戻る。上野から自宅までは春日通りを登り降りしながらよく歩いて帰ることがあるのだが、昨日は途中で引っかかった。池之端のカウンター式の寿司屋で軽くつまんでから、天神下のおっさんだらけの焼き鳥屋でもう一杯。このあたりやたら焼肉屋、寿司屋が多い。フィリピンパブも多いけど。猥雑な街よ、フォーエバー!

    睡眠不足に酔いが回り千鳥足で小石川に辿り着く。少し醒まそうと、ベローチェでお茶するうちに、コートを着たまま座席で眠り込む。どっぷりとおっさん色に染まりつつ。

    [media] 安倍晋三氏の事実歪曲発言

    先のNHK番組改変問題について、事件の発端になった「女性国際戦犯法廷」のVAWW-NETジャパン事務局が「安倍晋三氏の事実歪曲発言について」という声明を出している。どうせ大メディアには載らないだろうから、記しておく。


    2005-01-13 (Thu)

    [media] NHK番組改変問題

    安倍晋三がテレ朝の報道ステーションに出て、「NHKが予算説明のためにやって来て、当該番組について説明したから、公平・中立に作ってくださいと言ったまで。事前検閲ではない」と弁明していた。仮にその言葉の通りだとしても、番組に対する当時の「目に見えぬ圧力を感じた」という制作現場の雰囲気の説明にはなっていない(参照1.参照2)。そのとき街頭右翼や後の自虐史観批判論者らが一体となって、視聴率1%にも満たない小さな教育番組を総攻撃しており、安倍はその雰囲気のなかでNHK幹部と会い、先の発言していたのだ。

    むろんNHKの体質としてある、自民党の顔色を伺いながら番組を作らざるを得ないという点こそが問題だろう。NHKは議論のある番組作りのたびに、自民党実力者にお伺いを立てていたということが、はしなくも今回の安倍の弁明で明らかになった。強制ではなく、威力としての政治的行為という意味では、立派な事前検閲だと私は思う。

    安倍はこの番組の素材となった民衆法廷が弁護人も置かず、検事役に北朝鮮の“工作員”が関わっており、民衆法廷自体が公平なものではない、従ってそれをNHKが採り上げること自体に問題を感じた(というニュアンス)とも指摘したが、もとよりその民衆法廷なるものは国家意思で行われる法廷ではなく、慰安婦など被害民衆の視点に立って歴史を再検証する政治運動だったわけだから、既存の裁判制度の基準を当てはめても意味がない。

    たとえそれが反天皇制的で反日的で異端的でマイナーな内容だったとしても、そこに少しでも耳を傾けるべきものがあると判断したら、勇気をもって報道することは、むしろジャーナリズムの務めであろう(たとえば、いまや泣く子も黙る拉致家族救出運動が、運動の性格としていかに翼賛的で民族排外主義的であり、存在としてかつては少数派だったとしても、その運動の意義を認めて報道する姿勢と、それは同じことである)。

    一見、自虐史観ウンヌンなど左右の論調が対立する問題のようではあるが、実はもっと基本的な話である。こうした国家による報道の事前検閲などを許していたら、右派にとっても、ノンポリにとっても、居心地の悪い世界を招来することだけはたしかなのだから。

    それにしても、安倍に「あなたは国際政治に疎い」と批判された、番組コメンテーターの朝日新聞の論説委員は、もうちょいと反論をせねば。自分の立場を「事実関係」という名の形式主義で防御しつつ、実は対象を自身のイデオロギーで裁断し、果てはNHKの内部告白者に謝罪まで要求する安倍の論理のすり替えは、先に書いた石原慎太郎のTBS報道批判と同じロジックなのだからして。(先にその話を書いたら、北朝鮮が歓迎してくれるよ、と私を揶揄した御仁がいたが、そういう問題ではないでしょ)

    そこでついでに思い出した話だけれど、そもそもNHKが自民党に弱いのは昔からで、かつてはとりわけ郵政族にクビ根っこを押さえられていると言われてきた。もう10年以上も前の話だが、NHK子会社の日本放送出版協会にビジネスマン向けの月刊誌があった。

    私も科学技術系のインタビュー記事を書いていて、そこであるとき過労死問題の特集班を作って取材をすることになった。班の中の一人の私の友人でもあるライターが、その特集の一部に郵政省(当時)の職員過労死問題を採り上げたら、当の雑誌の編集長がクレームをつけてきたことがあった。郵政省に対する自主規制という意識が働いたのかどうかわからないし、それを指摘しても相手は頑として否定するだけだったのだが、当時私が友人たちと一緒に仕事をしていた高田馬場の事務所に、編集長やデスクを呼んで、載せる載せないでケンケンガクガクの議論をしたことを思い出した。日本放送出版協会は「きょうの料理」を作っていればいいのであって、この手のジャーナリスティックな記事は無理だなあとそのとき思った。

    ま、私がまだ多少は“社会派”的な仕事をしていた時代の思い出だが……(最近は人や企業におもねる仕事ばっかしだなあ)。


    この日記について、筆者は必ずしも内容の信憑性を保証するものではありません。あしからず。