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ひろぽん小石川日乗

心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつくれば

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「ひろぽんの南イタリア旅行記」はこちら。

2010-05-04 (Tue)

[photo] GW中のスナップ

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Ikebukuro

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Ochanomizu

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Ebisu

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Ebisu


2010-05-05 (Wed)

[life] ハナミズキ

「白い花ばかりと思っていたが、ピンクのもあるのね」とある人がいうので、一青窈にも「薄紅色の...」という詞があるじゃないのと教えたハナミズキ。近所の富坂の中央大学理工学部前あたりでも、今は盛りと咲き誇っている。都会的な街路樹なんだけれども、ここには昔からあったかな、最近、植樹されたんじゃないかなと思うが、花が咲いてみないとそれとはわからない、意外と地味な植物である。

日本在来種ではない。もともとは「アメリカヤマボウシ」と呼んでいたのを、「花水木」などと風流に命名し直したのは誰だろうか。日本の純正ヤマボウシに比べると、毒々しさが勝るのはやはりアメリカの花だからだろうか。

今の人、というか私にとっても、一青窈の「ハナミズキ」という歌は印象深く、この花の再認識にはいたく貢献したと思う。今の時期この花をみると、つい口ずさみたくなる。「空を押し上げて 手を伸ばす君 五月のこと」という歌い出しは、このアーティストの詩心の巧みさを余すところなく物語っている。

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本日のツッコミ(全5件) [ツッコミを入れる]

_ kusa [これはヤマボウシですよね?仙台の家には大きな樹は二本。ピンクのハナミズキと白いヤマボウシです。山形市では街路樹になっ..]

_ ひろぽん [花弁の感じから、写真はハナミズキだと思うんだけれど。ヤマボウシはこんな感じじゃない?→http://had0.big..]

_ kusa [そうですね家のはピンクなので花弁の色にだまされました。GW帰省時には枯れ木のようだったハナミズキが、日々花芽が膨らん..]

_ circus [はい。詩人としての一青窈には3票くらい投票したいです。というと、違うよ、トラバトーレだよと突っ込まれるかもしれません..]

_ うは [我が家のハナミズキは、上半分が桃色、下半分が白色です。 家を買ったときにはすでに植わっていたのですが… 接木され..]


2010-05-07 (Fri)

[life] この花の名前、教えて

っていうか、いま知りたいのは、この花の名前。先日、ご近所散歩の折に、民家の軒先で見つけました。感じからして暑い地方から来た園芸植物だと思うんですが……

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[life] これはわかるかな

なんか、花づいてますが、それではこれは何という花でしょう。

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ヒント「海にウキを浮かべているようで楽しい」
本日のツッコミ(全6件) [ツッコミを入れる]

Before...

_ ひろぽん [私もいま調べていて、行き当たりました。園芸用としては知られた花なんですね。http://www.hana300.co..]

_ kusa [上は君子蘭、下は浮釣木 と奥さんが言っています。]

_ ひろぽん [正解です。園芸する人にとっては常識問題だったかも。しかしまあ、この歳で、知っている花の名が一つ増えるのは素直に嬉しい..]

_ NOZOMI [今日の日経新聞に、NTTの新サービスとして 「携帯で植物の写真を撮ると解析して その名前を提供する」 というも..]

_ ひろぽん [「みんなの花図鑑」の記事、私も読みました。いま人物を特定できるデジカメや写真整理ソフト(iPhotoなど)の顔認識技..]


2010-05-08 (Sat)

[life] 散歩:本郷大横丁通り商店街

五月晴れの光と風に誘われて、ランチがてら本郷界隈を散歩。

本郷大横丁通り商店街は、白山通り壱岐坂下から、新壱岐坂と並行に伸び、本郷通りに至る400mほどの商店街。けっして繁華な通りではないが、そこそこ面白そうなお店が集まっている。商店街入口にある東洋学園大学の人たちが、商店街マップ などを制作している。こういう形の地域密着はとてもよいことだ。

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▲「加藤薬局」の古風な看板建築が商店街の歴史を感じさせる。

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▲今ならセクハラ扱いされそうな漢方図解。
本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]

_ ぜっぴ [午前中に東大正門で待ちあわせて、西片町を通って白山三業地を見学していました。ニアミスでしたね。]


2010-05-16 (Sun)

[life] 散歩:スカイツリー建設現場あたり

 午前中、惰眠を貪っておったが、五月晴れにせかされるように午後3時過ぎから散歩に出る。本郷あたりでふらりと錦糸町行きの都バスに乗り、しばしうつらうつらしていると、ふと窓外に偉容・異様な風景。墨田区太平2丁目あたり。バス停の北方800mほどのところに東京スカイツリーが建築中なのだった。

 バスを降りてそちらへ歩いてみる。人には見慣れぬ巨大建造物が目に入ると、とりあえずはそこに向かって歩くという習性があるのかもしれない。他にも引き寄せられたように、途中でカメラをパシャパシャやりながら、向かう一群の人々がいた。

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 スカイツリー、まあ、デカイです。「タワーをつくるだけでなく、タワーのある街のにぎわいをつくる」というのが、スカイツリーを核とした多機能複合型開発プロジェクト「Rising East Project」 の狙いだ。その趣旨がホンモノだとすればよろしいのではあるが、しかしこの太平、横川あたりの街並みへの影響というといかほどのものだろうか。

 街路は整然とした碁盤の目で区切られ、おそらくは戦後か、高度成長期に大規模な再開発が行われたことを物語る。なんとなく平べったくて、下町の風情はもはやない。古い木造民家は少なく、中途半端にせこせこしたビルばかり。日曜の午後ということもあるのか、あるいは住民はみな三社祭に出かけてしまったのか、妙に閑散とし、目立つのは空中を覆う電線のみ。タワーを起爆剤にしてこの街をどうにかしたいのだろうが、はたしてその余力が地元にあるのかどうか。

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 業平橋からは上野公園までのバスを拾い、途中、三社祭で賑わう言問通りを抜け、上野桜木町で降り、谷根千あたりを経て戻ってきた。晩飯は「燐」にて。燐の板橋チャンに「Twitter始めました」の掲示はいいけれど、肝腎のアカウントを明示しないと意味ないんじゃないってな話をする。

 今晩は南風。部屋の中が妙に暑い。


2010-05-28 (Fri)

[sanpo] 神楽坂・昭和の残景

先の土曜日は例の「ブラ浪漫」の会、本編第3回にあたる「小日向〜水道〜神楽坂」編があった。小日向はかつて住んでいたところなので私には新しい発見はあまりなかったが、そこから先が面白かった。

小日向の坂を降り、文京区水道、新宿区水道町(似た地名が区界の神田川を隔てて向かい合っている)から神楽坂へ向かうあたりに来ると、都市再開発の陰に隠れた古いビルが残っている。このあたりはさほど意識して歩いたことがなかった。

もともとはオフィスビルなのだろうが、築数十年が経ち、建て替えも難儀、かといって廃墟にすることはできないというので、旅行者向けの長期滞在ホテル、いわゆるゲストハウスに模様替えしているところがあった。名前がなんと「九龍城」。かつて香港島にあり、「魔窟」とも呼ばれた破壊的イメージの建物のことだ。香港返還前に現物を見たことのある私には、「九龍城」の名を踏襲するには、あまりもちんまりとしたビルなので笑ってしまったが、まあ、ビルオーナーの思いはわからないでもない。

E5222489 「九龍城」へようこそ

E5222492 「九龍城」屋上に怪しい人影



さらに探検を続ける。住所でいうと、築地町、赤城下町、赤城元町あたり。この一帯では、昔風の地名がきちんと保存されているのが誠に喜ばしい。徐々にこじゃれたカフェやレストランがポツポツと見えてくる。最近、妙に人気の神楽坂スポットだ。坂道を振り返ると、すでに廃業した銭湯の煙突が唐突にそびえていたりして、オシャレな街との対比が楽しい。

E5222499 坂の途中の「見晴湯」



神楽坂の北側は矢来町。新潮社のある街で、知人の何人かが住んでいたり事務所を構えていたりするのだが、ゆっくりと歩くのは初めてかもしれない。軒下に錆びた大八車(リヤカーと呼んでもいいが、いずれも古語)を置いたような、昭和を感じさせる住宅街が残されていて、その風情がなんとも懐かしい。神楽坂の賑わいを支えていた人々の温もりを感じさせる。街歩きが好きな人々にとっては、この裏・神楽坂あたりも十分に観賞価値のあるゾーンなのだ。なんとしても永久保存してほしいものだ。

E5222518 とうの昔に現役を引退した大八車

E5222513 このレンガの壁はいつぐらいのものだろう

E5222535 カフェの入口。ブリキの洋燈がよく似合う街ではある。


この日記について、筆者は必ずしも内容の信憑性を保証するものではありません。あしからず。