大晦日に帰省、3日に戻る。じっくりと本を読めた。
■『フィデル・カストロ後のキューバ カストロ兄弟の確執と<ラウル政権>の戦略』(ブライアン・ラテル著/作品社)は元CIAのキューバ専任分析官によるカストロ体制分析。ラテンアメリカに対して公然・非公然と暴力的に干渉し続ける自分(CIA)の足下は放っておいて、カストロの少年期からの粗暴な性格をあげつらうのはいかがと思うが、通常のカストロ伝記には見られないネガティブなエピソードがふんだんに盛られている。
カストロのラジオ演説を遠くワシントンで傍受しながらその心理を分析するというプロファイラーとしての自慢話もいくつか。冷戦とは、ある意味で高度な心理分析戦でもあり、スパイ戦争であったことにあらためて気づかされる。
弟ラウルと兄フィデルの関係については、「フィデルの死がラウルを浄化するのだろう」として、フィデルの軛から放たれた後のラウルに期待する。同様にラウル体制の側もまた、ブッシュ後のアメリカの変化に期待していることは明らかなわけで、その駆け引きの妙が今後、ラテンアメリカ政治に占める重要性は高まるはずだ。
■キューバについてはアメリカとの政治的対決ばかりが強調されるが、実体経済はどうなっているのか。キューバ革命は経済的には成功したのか、失敗したのか。その問いにいくぶんかは答えてくれるのが『現代キューバ経済史 90年代経済改革の光と影』(新藤通弘著/大村書店)。ソ連崩壊後、経済システムの変革へと進むキューバ経済を1999年の時点で分析した。
著者は基本的にキューバ革命を支持する立場ではあるものの、ハバナ現地での調査も含むそのマクロ、ミクロの実証的分析から浮かび上がるのは、この国の税制や財政、賃金政策や農業政策が信じられないほどいい加減だったということ。社会主義的無策といえばそれまでだが、それにしても、賃金労働者から一切所得税を取らないというのは、ちょっとまずいのでは……。そういうツケが回って、「外資天国」ともいわれる極端な外資導入策へとブレていく過程がよくわかる。アメリカの経済封鎖は、キューバ経済に甚大なマイナスを与えたが、99年時点での経済困難は、より根源的なキューバ経済の構造から生じたものというのが筆者の見方。今後は「市場化テスト」に耐えながら進める大胆な構造変革を通してしてしか、キューバ革命を守る道はないという。
■先日、旅行の件で相談したキューバ旅行専門代理店のS氏は、少年時代をハバナで過ごしたという。同国のマグロ延縄漁を指導するために赴任した父親に付いていったのだ。まだ国籍不明機が領空を侵犯してサトウキビ畑に爆弾を落としていたころ。ゲバラをテレビで観たこともあるといっていた。これはこれで得がたい体験だ。
■資本主義圏に生まれた子供が、社会主義圏で送った小学校生活。そこでの濃密な体験を、30年後の東欧社会主義の崩壊と共に描くのが米原万里の『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』(角川文庫)。つとに名作の誉れ高いノンフィクションだ。プラハのソビエト学校という、社会主義圏のなかでも特殊な地帯。そこで出会った個性的な友人や教師たち。それにしても、そのエピソードをよくここまで子細に記憶しているものよと驚く。人並み外れた記憶力、観察力と省察力を基礎に、人間と社会に対する透徹した感受性が生まれる。アーニャたちのことをけっして忘れなかったという点で、著者は彼女たちとはまた別の意味で動乱の時代を生き、自らを鍛えたのだ。かつての級友を思いやる心情は、通俗な反共イデオロギーの嘘臭さを逆に暴く。
■異国の街で自分とは何者かを問うのは、多和田葉子もまた同じかもしれない。初めてこの人の小説を読むが、『容疑者の夜行列車』(青土社)は、たんに異国や一人旅という状況が、アイデンティティのゆらぎを醸し出すということ以上に、より抽象度の高い、世界内存在としての人間の不安を扱っているように思える。
章立ては「パリへ」「アムステルダムへ」と明確に目的地を指し示すのだが、主人公はけっしてそこへ行き着くことはない。それはねじれる夢の階段をいつまでも行きつ、戻りつする旅だ。コンパートメントの中の、エキセントリックで身勝手な見知らぬ同乗者たちも興味深いが、その奇妙な物語に魅せられたように、主人公は絵の中の一部になり、作者からつねに「あなた」と呼ばれる存在だ。ボンベイ行きの列車で爪切りと引き替えに「永遠の乗車券」を譲られたばかりに、「あなたは、描かれる対象として、二人称で列車に乗り続けるしかなくなってしまった」。その旅を「あなた」はけっして嫌がってはいない様子。不安はつねに愉楽のようでさえあるのだ。
■正月3が日で読むものがなくなってしまったので、帰京の列車では駅のコンビニで買った文庫本、村上春樹『アフターダーク』(講談社文庫)に読みふける。こちらは3人称の小説ではあるが、多和田作品との偶然の共通点もある。「見る」視点と「見られる対象」との関係にことのほか自覚的なのだ。作者が意識的に仕掛けるのは、鳥のような目で俯瞰し、マクロレンズのように対象に迫りながらも、それ以上は関与しないカメラのような視点。その配下に、日の暮れて以降の夜のとばりの下で、連奏する人間模様が描かれる。少しだけ『クラッシュ』という映画の監督の視点を思い出したりした。
本格的に仕事始動。そういえば今年はまだカレンダーを買ってなかった。仕事の関係先から送られてくるもので間に合うかと思って。ただ、どうもしっくり来ない。仕事場の壁用にと思い、iPhotoのカレンダー作成機能で昨年のドイツ旅行の写真を編集し、12カ月分のカレンダーに仕立て、アップルに注文してみた。ドイツの I ちゃんから送られてきたベルリン写真カレンダーの出来があまりにも素晴らしく大いに刺激を受け、我もしてみんとす、ということもあり。
表紙や一日のメモのフォントは選べるのに、月名、曜日名などのフォントは選べない。言語環境を日本語にしていると、月名を英語など外国語に出来ないというわりと致命的な欠陥もある。言語環境を一時的に変えれば大丈夫みたいだけれど……。
2004年のポルトガル旅行の写真はやはりiPhotoでアルバムを作成、世界で1冊しかない稀覯本アルバムができあがった(部屋の隅に埋もれているはず)。さて、今回の only one calender はどんな出来映えになるだろうか。送料込み 3,444円也。再来週には届くんじゃないかな。1月分については仕方がないので、「カレンダーつくって!」という昔のアプリでお手軽印刷。このソフト、まだちゃんと動くわ。
新年早々、都下小平市やら仙台日帰り出張やらが続く。10日の仙台の帰りは上野で降りて、ぷらぷら小石川まで歩いて帰ろうかとしていたら、湯島あたりで出会ったのは「た〜ぼ」さんだよね。立ち話で別れてしまったんだけれど。でも、千葉の農家の人がなぜサラリーマンの格好をして、上野にいるんだろう。
翌11日も偶然ながら上野。「陽山道」で某H社関連の新年会。大変、美味しい焼肉でありました。谷中の人や白山の人と一緒だったので、不忍池を通り根津を経て、一文に立ち寄ってから帰還。12日金曜夜も、仕事捗らずのまま一文で軽く一杯。少し暇になると酒浸りになるのは悪い癖だ。が、来週からはまた忙しくなりそう。
日曜は爽やかな冬晴れ。朝の8時から谷中、根津、千駄木(まとめて谷根千)を、3時間ほど散歩。千駄木の団子坂では、鴎外の「観潮楼」跡である本郷図書館鴎外記念室に立ち寄る。日曜日も開館とは知らなかった。季節柄、「鴎外の愛した年賀状」展というのをやっていた。鴎外の元に届いた知人からの年賀状。有名どころでは斎藤茂吉(歌人)、藤島武二(洋画家)、小山内薫(演出家)など。当時の文人・知識人たちの交友が偲ばれる。ただ、ほとんどが筆による闊達な崩し字。解説の添え書きがないと文面が読めない。
宛名書きもすごい。今のように「○丁目○番○号」なんていう住所表記ではない。「東京千駄木 森鴎外先生」だけで届いている。鴎外は当時も有名人だったからだろうし、今ほど人口も郵便物の量も多くなかったから、これで十分だったんだろう。
昼時になって蕎麦でも食うかと思ったが、ふと根津の交差点際の居酒屋風の店、ランチのキャッチコピーに惹かれて、暖簾をくぐる。なぜか立川談志が書いた店の案内だった。下町の気っ風を感じる女将さんが切り盛り。帰りがけ、私の首からかけたカメラに目を止め、「根津神社でもお撮りになるの」。初見の客にもちょっとした気遣い。そういう気風が残る街ではある。
午後から東大本郷のアルツハイマー症の専門家に取材。発症メカニズムをさらっとおさらい。どこまでわかって、どこから先がわからないか。
治療法となるとやや雄弁になって、「ワクチンはあと5年内にできる」「うこんやターメリックに含まれるクルクミンが効くかも」などのお話。納豆問題で世間が敏感になっている矢先、この手のネタは慎重に扱わなければと思いつつ、ついメディア向けにサービス精神過剰になってしまったのでしょう。
クルクミンの話は、すでにネット上にも溢れている。カレー業界もネタにつかっているとか。ただ、あくまでインド人にアルツハイマーが少ないのと、マウス実験の範囲での効能だからね。当の先生が「疫学研究の結果はコロっと変わることもある」と。以前は「タバコがアルツハイマーに良い」とされていた時期もあったのだとか。
徒歩で帰宅。途中、久しぶりに喫茶店「金魚坂」に立ち寄る。
小石川まで降りて、クィーンズシェフで夕餉の食材調達。もちろん、今晩はカレーですよ(笑)。
_ おたね [「どうしてそうなるか」の仕組みが解ってない事ですからね。でも、毎食毎食カレーばかり大量に喰い続ければ、栄養が偏って、..]
この日記について、筆者は必ずしも内容の信憑性を保証するものではありません。あしからず。
_ baci [Iちゃんから「”光栄です”とお伝え下さい」とのことです。]